第34章 言の葉
『明日は帰ってきてくださいね。もう一つの約束を果たして頂きますから』
もう一つの、約束・・・。
「・・・んっ・・・!」
透さんが、自分の存在も忘れるなと言わんばかりに耳朶を吸い上げた。
口に含んでは舌で転がされ、自然と体が強ばるように力が入って。
あの時と同じように、沖矢さんに声を聞かれないようスマホを遠ざけた。
「んっ、・・・や・・・!」
小さく首を振って抵抗を示すが、止めてくれる素振りを見せるどころか、遠ざけたスマホを私の手ごと近くに持ち返してきて。
「・・・っ」
これだけ近くにあれば、確実に声が出れば聞かれてしまう。
一度は諦めたそれだが、やっぱり沖矢さんに聞かれることへの抵抗はあった。
「も・・・、切っていいです、か・・・っ」
これ以上は色んな意味で心臓が持たない。
早くこの電話だけでも終えてしまいたい。
『返事を聞いていませんが?』
どうして今それを粘るのか理解ができない。
理解しようとも思わないけど。
その間にも透さんの舌は耳をゆっくりとなぞっていて。
「・・・っん、ァ・・・!」
今は出したく無いのに。
快楽を含んだその声は、か細く漏れた。
透さんも、他の男に聞かせたくないなんて言っていたことを覚えている。でも今はそれと全く反対の行動を取っていて。
か細くとも、確実にそれは受話器を通しているに違いなくて。
「わかり、ましたか・・・ら・・・っ」
彼の言う約束が何なのか思い出す暇なんて無かった。
とにかく今は片方をどうにかしなきゃいけないと感じ、沖矢さんへは適当にあしらいの言葉をかけた。
『・・・どうやらお邪魔のようですね』
それを聞いて、ほんの少しだけ罪悪感のようなものを感じた。
感じる必要のない感情に、また心が彼によって乱されていることに気付く。
勝手に力の入る体に無理矢理言うことを聞かせ、何も言わず電話を切ろうとした、その時だった。