第32章 探偵と
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「では、お気を付けて」
「・・・ありがとうございます」
わざわざ玄関まで沖矢さんは見送りに来てくれて。待ち合わせは透さんの探偵事務所だから、送ってもらう訳にもいかず。
元々そんな気もなかったけど。
形だけの挨拶を交わして、工藤邸を後にする。
その直後、念の為透さんには到着予定時刻をメールで知らせた。
荷物は本当に最小限。財布と、透さんのスマホくらいで。
自分のスマホはもう何日も電源を入れていなかった。入れるのが怖かったのもあるが、透さんに壊れていると伝えている手前、それに触れることすら何故か罪悪感があって。
透さんのスマホに沖矢さんの番号を入れる訳にもいかなかったので、何かあった時の為に沖矢さんの電話番号だけは暗記をしてきた。
メモを残してしまうと、透さんに見られる可能性もあるから。
「・・・・・・・・・」
足取りが重い。
会いたくない時に会ってしまう時はいつも彼が突然現れていたから、こういう状況で自分から出向くことは初めてで。
会いたいけど、会いたくない。
矛盾する気持ちは同じくらいに膨らんでいた。
事務所までは考え事をしていたらあっという間についてしまって。
もう透さんは来ているだろうか。
扉の前で立ち尽くしたまま、第一声を悩み込んだ。
今答えが出ないことは分かっているのに。
「入らないんですか?」
「・・・!」
突然声を掛けられ、咄嗟にその方向へ顔を向けた。
「・・・透さん」
いつもの雰囲気の彼がそこにいて。
勿論、笑顔も忘れず。
「鍵は開けておきましたよ」
「え・・・あっ、す、すみません・・・」
何事も無かったような話し振りに逆に戸惑ってしまった。
どうしていつも通りなんだろう。
そんな理不尽な疑問まで出てきてしまう始末で。
彼の言葉を聞き、慌ててドアノブに手をかけ扉を開いた。
言葉通り鍵は既に開いていて。
電気も灯してあった部屋を見ると、さっきまで透さんがこの部屋に居た事が分かった。
何か用事で一度出たのだろうか。
そう思いながら室内に足を踏み入れた。
「どうぞ、掛けてください」
前回ここに来てからそんなに日は経っていないが、なんだか懐かしく思えてきて。
ここで仕事をしたのはほんの少しの間だけど。