第30章 壊して※
「構いません、それで良いんです」
またからかわれているのか。
そう思ったが、彼の目は今まで以上に真っ直ぐで。とても嘘を吐いたとは思えなくて。
「・・・どう、いう・・・・・・っんぅ・・・!!」
沖矢さんがどこからともなくハンカチを取り出し、それで私の鼻と口を覆った。
そこから漂う薬品の匂いに、頭や目が回るようで。
「ん・・・っ、んん・・・!」
必死に抵抗しようと腕を掴むが、上から押さえ付けられているこの状況で、それができるはずもない。
「・・・っ・・・」
段々と視界が狭くなって、意識が朦朧とする。
以前にも似たようなことがあった気がする・・・。
そんなことを考える間にも、私の意識は彼の手によって奪われた。
ーーーーー
「・・・・・・っ」
体が痛くて目が覚めた。
腰を中心に、全身が何故かだるくて痛い。
心無しか、少しだけ頭も痛い。
この間の風邪のときの頭痛よりは何倍もマシなものだが。
「気が付きましたか」
「・・・!」
目の前に突然現れた顔に驚いて、体を震わせた。
そこには何食わぬ顔で立っている沖矢さんがいて。
勢いよく体を起こした時に気が付く、毛布の存在。恐らく、かけてくれたのは目の前の人物だろうけど。
「よく眠っていたようですが、どうしてこんなところで」
何を抜かしているのだろう。
貴方のせいでここに眠るハメになったのでは。
そう言い返しかけて、違和感を感じる。
「・・・沖矢さん、それ・・・」
彼の口の端には、小さな絆創膏。
何かは伝えなかったが、視線で示しているものを悟ったように、沖矢さんはそれへ、そっと触れた。
「貴女が今朝くれたじゃありませんか」
それは、はっきり覚えている。
私が彼に噛み付いてつけた傷だ。
「それ・・・いつから・・・」
「ここを出てすぐに、ですが。・・・どうしてですか?」
・・・待って。
昼に見た彼にそんなものは無かった。
そもそも、傷もなかった。
だったらあれは・・・
さっきまで会っていた彼は・・・誰?