第29章 尋ね人
「・・・・・・はぁぁ・・・」
閉めた玄関の扉の前で、深い深いため息をついた。
こんな時でも聞きたくなる声も、会いたくなるのも彼だった。
あの電話から連絡は一切ない。
赤井秀一のことについて、少しでも知れる機会があったかもしれないのに。
それ以上に悔しいのは、恐らく無かったことになるであろうデートの約束。
今となってはポアロに戻るタイミングすら失ってしまった。
一応、彼のスマホはあれから肌身離さず持っている。今も上着のポケットに仕舞っているそれを、服の上から存在を確認するように手を当てて確かめた。
静かに収まっているそれを認識してはどこか悲しくなって。
それを紛らわせる為にも体を動かそうと思い、掃除用具を取り出した。ひたすらあちこちを磨き、拭きあげ、手の届きにくい場所までやり尽くした。
最初は作業だったそれが、いつの間にか夢中になっていて。
終わった頃にはお昼が近付いていた。
「・・・ご飯、どうしようかな」
沖矢さんからは、冷蔵庫のものを適当に使って良いと言われている。
掃除用具の片付けを済ませて台所に向かい、冷蔵庫を開けて中身の確認を始めた。
「・・・サンドイッチ、作れるかな」
ポアロで食べた透さんのサンドイッチ。
あれは確か・・・兄のことについて依頼をした翌日、彼と二人っきりで話した後にモーニングで出された。
あの頃はまだ彼のことを「安室さん」と呼んでいたっけ、と思い出しては何だか懐かしくて。
あの時のそれを忘れるはずことはない。
「レタスと・・・ハムと、パンもあるし・・・」
幸い材料は揃っている様子だった。それらを作業台の上に並べて、早速調理に取り掛かった。
「・・・ダメだ、何か違う」
出来上がったそれを食してみるが、彼の物とは確実に何かが違う。
「パン、かな・・・?」
いや、それよりももっと根本的な何かが違う気がする。でも、それが分からない。
透さんに聞いたら教えてくれるだろうか。
これをきっかけに彼に連絡を取ってみようかとも考えたが、それ以上に恐怖が強くて行動に移すことは出来なかった。