第29章 尋ね人
「これ、ですね」
背後から覆われるように戸棚に手を伸ばされ、一つの袋を手にした。
確かにその袋には、よく見ればコーヒーと書かれているが、素人目には判断しにくいものではあった。
容器に移し替えられたものしか見たことがなかったが、かなり高級そうで。そんなもの毎日飲ませてもらっていたんだと思うと、少し申し訳なさが出てきた。
「・・・あの。そういえば、ここにいる間に私へかかった費用、大体で構わないので教えて頂けますか」
今更だけど、遅くともここを出て行くまでにはそのお金を渡しておきたいと思って。
「それを支払おうとしているのであれば、無用な心配ですよ」
そういうとは思っていたけど。
「ここ、沖矢さんの家じゃないですよね。有希子さんへ渡すんです」
「今かかっている費用の支払いは、僕がしていますけどね」
彼へ支払わせたいのかそうでないのか、一体どっちなんだろう。
回りくどい言い方に苛立ちが募って。
「・・・お金は適当に持ってきますから、有希子さんと相談して分けてください」
これ以上、面倒な会話はしたくない。
そう思って沖矢さんの体を押し退けてその場に立ち上がろうとした時、その手を彼に掴まれて。
「では僕の取り分は今、頂きます」
一瞬、彼と目が合った。
今は持ち合わせがないけど・・・という呑気な考えと共に、嫌な予感もして。
彼の笑顔と、この距離でこの後の彼の行動を察した。
鼓動がどんどんと早くなっていく。
身構えている自分がいることに、罪悪感を覚えて。
私の手を掴む手とは反対のそれを、私の頬へ滑らせた。
擽ったさに似ているその感覚に、思わず目を瞑って耐えた。
「その顔、そそられますね」
また彼の掌の上で踊らされている。
逃げたいのに、体が硬直したように動かない。
脳では逃げなきゃと理解しているのに。
声を出そうとした瞬間に、その口は彼によって塞がれてしまった。