第29章 尋ね人
「今日は少し出掛けますので留守を頼めますか」
「ごゆっくりどうぞ」
彼がどこに行こうと知ったことではないが、できれば少しでも長く出て行っていてほしい。
今日は熱も下がったことだし、引越し先を探しに行こうと思っていたがその予定は崩れそうだな、と脳裏で考えて。
「寂しいですか?」
「別に寂しくな・・・っん・・・」
沖矢さんの的はずれな言葉に思わず顔を向けた瞬間、唇に柔らかいものを感じて。
一瞬のうちに、何がおきたのか分からない状況と、何がおきたのか理解した状況を把握した。
「・・・っ・・・」
舌が入ってこようとした瞬間、思わず彼の唇を噛んだ。
「・・・少々、愛が重いですね」
唇を離され彼を見ると、僅かだが口の端が切れていて。罪悪感はもちろんあったけど、それ以上に体が彼を拒んだ。
「本当にやめてください」
手の甲で口を拭いながら、コーヒーの準備を始めた。もうこうなれば一刻も早く部屋を見つけなければ。
ここにいては自分が壊れてしまう。
そう思いながらコーヒーの粉が入っている容器を開けるが、それは既に空で。
「あぁ、すみません。詰め替えるのをすっかり忘れていました。一番端の下の戸棚に仕舞っていますので、お願いしてもよろしいですか」
少しだけ彼に目を向けると、いつもの何を考えているのか分からない笑顔で。
渋々、言われた通り端の戸棚に向かった。
しゃがみ込んで扉を開け、色々と入っている戸棚の中をかき分けながら目的のそれを探した。
「えっと・・・」
見たことのない調味料や、何が入っているのかすら分からない瓶がたくさん並んでいる。
そういえばここで使っているコーヒーの粉が、どんな袋に入っているのか分からない。不本意だが、沖矢さんに聞いた方が早いと思い、戸棚に半分押し込んでいた顔を上げた。
「申し訳ありません、分かりにくいですよね」
突然自分への光が遮断されたと思ったら、背後にはいつの間にか沖矢さんがいて。デリカシーもないが、相変わらず気配もない。
片手を壁、もう片手を戸棚の扉に置いて、私を逃がさないように膝をついていて。
不意打ちの近い距離に、何故か妙に戸惑った。