第28章 厄介物
『朝晩寒いですから気を抜かないでくださいね』
「ありがとうございます」
過保護過ぎる透さんの言葉に、思わず笑いが漏れてしまって。
何でもないこの会話が幸せ過ぎた。
その幸せな時間を噛み締めるように目を閉じた瞬間、部屋の扉を数回叩く音がして。
そのすぐ後、返事をしていないのに勝手に開かれた扉は沖矢さんによるものだとすぐに判断できた。でも、体がすぐに反応できた訳では無い。
「ひなたさん、薬を忘れていますよ」
勝手に入ってくるなり、彼に話しかけられてしまって。
スマホのマイク部分を抑えるには時間が足りなかった。
さっきまでの幸せな時間は、一瞬にして地獄のような時間へと変わってしまう。
『・・・沖矢、昴・・・』
スマホ越しに聞こえた透さんの声は明らかに怒っていて。
そんなの当たり前のことなのに。
一瞬でも透さんが怖いと思ってしまった。
『そこに彼がいるんですか』
状況は最悪だ。
沖矢さんもスマホを持つ私の表情を見て、全てを悟ったようで。
誰が悪いとも言えないこの状況に、沖矢さんへ不安の眼差しを向けた。それに対して彼は黙ったまま、首を横に振ってみせた。
「テレビの音ではないでしょうか・・・ここには誰もいませんが・・・」
頭痛が酷くなるようだ。
また彼に嘘をつかなくちゃいけない。
その度に私が壊れていく。
そのうち、自分が自分ではなくなってしまいそうだ。
『・・・そうですか』
その呆れたような、諦めたような、そして悲しそうな声色に、絶望的な喪失感を味わった。
『すみません、そろそろ切りますね』
「・・・っ、・・・はい・・・」
それ以上、こちらからは何も言えなくて。
明確な別れの言葉は無く、そのまま電話は切られた。
きっとバレてしまった。
彼は元々、私が沖矢さんといるのではないかと疑っていたのだから、それが確信づいたというところだろうけど。
「・・・すみません」
とにかく沖矢さんにも謝っておかないといけないと思って。
熱と頭痛も相まって、この上ない脱力感が全身を襲った。