第28章 厄介物
「では、失礼しま・・・」
「自分で行きます・・・!」
ここへ来た時と同じように抱えられそうになって。食事の時に少し無理に動かしたお陰か、疲れは大きいが多少は言うことをきくようになっていて。
差し伸ばされかけた手を押し返し、ベッドから降りた。力は入りにくいが立てない訳では無い。
「転けて怪我をしないように」
笑みを浮かべながら、通りすがりにそんなことを言われた。小さく彼を睨み付けてまた敵意を示して。
部屋を出ると壁伝いに部屋まで行き、何とかベッドに倒れ込むことができた。
体の重さは一層増したように思うが、気持ち的にはどこかスッキリしていて。沖矢さんの部屋から抜けられたからだろうか。
布団に潜り込み、さっきまでとは違う香りに包まれる。
「・・・会いたいなあ」
滅入っているからか、自分の弱い部分が口から出てしまって。
家に帰りたい。
ポアロで仕事をしたい。
事務所で手伝いもしたい。
平穏だったあの日常に、戻りたい。
どこからやり直せばそうなれるのか。
そんな無意味な自問自答を繰り返す度、思うのはやっぱり透さんのこと。
・・・彼の声が聞きたい。
ふと、そんな欲が出てしまって。
引き出しにしまっていた彼のスマホを取り出し、画面をつける。そこに彼からの連絡はまだ入っていなくて。
徐ろにメール画面を開き、彼へメールを打った。
『透さんの時間が開いた時、いつでも良いので電話ください』
ただそれだけ。
忙しい透さんに、今電話をかけても通じない可能性だってあるから。私の勝手な欲で、彼を手間取らせることは嫌だった。
「・・・!」
メールを送ったほんの十数秒後。
着信音と共に画面には透さんの名前が表示されていて。
重たい体が嘘のように、秒で起き上がった。あまりにも早い折り返しに鼓動が早くなるのを感じながら、応答ボタンを押して。
「も、もしもし・・・」
『もしもし、安室です』
透さんの声。
聞きたかったあの声だ。
優しく包まれるようなその声に、今までにない安心感を覚えた。