第26章 心の傷※
「なんでもないです」
ソファーに座り直して、彼からコーヒーを受け取る。透さんも隣へ腰掛け、それを横目で感じながらコーヒーに口をつけた。
一口飲み込むと、胃が温まると同時に何だか気持ちが落ち着くようで。
毎朝、沖矢さんと飲むコーヒーとは違う。
味は勿論だけど、言葉だけでは表現できない感覚のようなものがあった。
「今日は泊まれますか?」
突然の誘いにマグカップに口を付けたまま一瞬固まり、彼へとゆっくり視線を向けた。
首を傾げながら笑顔を向ける透さんに、質問では無くお願いなんだと感じて。
「・・・すみません、今日は・・・帰ります」
カップをテーブルに置き、視線を下へ落としながら手を膝に乗せた。
本当は戻りたくなんてない。
でも、今の自分では、平常心で透さんの傍にいられる自信がない。
「では、近くまで車で送ります」
いつもの透さんの台詞。
素直に受け取れるならどんなに嬉しい言葉か。
「ありがとうございます。でも、風に当たって帰りたいので大丈夫です」
これは半分本当の言葉。透さんに送ってもらうことなんてできないから。どうせなら少しでも時間をかけて帰りたい。
「・・・では、その格好ではダメですね」
確かにこれで外を出歩くのは、色々な面で流石に厳しい。何なら着て来た服もあるからそれに着替え直せば、なんて考えていると。
「ここにもいくつか着替えが必要かと思いまして。気に入る物があるかは分かりませんが」
そう言ってどこからともなく取り出した、そこそこ大きな袋には、何着か洋服が入っていて。
「こ、こんなに沢山悪いです・・・っ」
「僕がしたいからそうしたんです。気にしないでください」
気になるものは気になるが、そう言われてしまうと反論はできない。
この半月程で服が沢山増えてしまった・・・とぼんやり考えながら袋の中を軽く確認して。
有希子さんが選んでくれた服とは違うセンスの服が、その中には入っていた。
大人しめの色やデザインの物が多いが、所々感じる透さんのセンスに思わず口元が緩んだ。