第26章 心の傷※
「座ってください、先に乾かしますので」
炊事場に立つ透さんの隣を抜けようとすると、そう声を掛けられて。一言返事を返して言われた通りソファに腰掛けた。
座ると更に短く感じる。
透さんはこういう服が好みなんだろうか・・・とぼんやり考えていると、今度は確実に近付く気配を感じた。
振り向くと、そこにはクシとドライヤーを持った透さんが立っていて。
「熱かったら言ってください」
一言そう断りを入れてドライヤーのスイッチを入れた。
・・・やっぱり色んなことに対して手慣れている。
こんなこと、他の誰かにもしていたんだろうか。
幸せな時間なはずなのに。
悲観的な性格のせいで、それは重苦しいものになっていく。
いつか彼も誰か一人の為に生きるようになるのだろうか。でもそれは私ではない可能性が高い。
彼との間には偽りが多すぎる。
それを明かす日が来ることを想像できない。
そもそも私達は明確に付き合っていない。
ここまでくれば体だけの関係と言っても過言ではない。
それは嫌だと思う反面、これ以上近くなれば遠くなる時に辛くなってしまう。それに、この関係が崩れてしまうのも怖かった。
「終わりました」
「あ・・・ありがとうございます」
顔を覗き込むように言われて。そんなに手早く終わってしまったのか、と思いながら髪先に指を触れさせた。
自分のものとは思えないふんわりとした髪に、少し感動を覚えて。
「僕と同じ匂いですね」
私の背後から耳元に顔を近付け、そう囁かれた。
それはここに来る度思うこと。
タオルやシャンプーを使う度、彼色に染まるようでそこだけは優越感に似たものを感じていた。
「コーヒー、持ってきます」
ほんの少しの距離なのに。
このどこか遠くに行ってしまいそうな感覚はなんだろう。
不安になって、気配が遠のいた背後を勢いよく振り返った。
そこには変わらない透さんの姿があって。
何故か感じる安堵に、自分の情緒不安定さを痛感した。
「・・・どうかされました?」
振り向いたまま固まっていたせいで、コーヒーを持ってこちらに向かい直す透さんは少し不思議そうな様子で。
さっきもこんなこと合ったような、なんて思いながら首を横に振った。