第3章 ポアロ
「だし巻きですね。塩加減も丁度良くて、とっても美味しいですよ」
「ホントですか・・・?」
褒めてもらえた。お世辞だとしても素直に嬉しい。
「これ、1人で食べるつもりだったんですか・・・?」
安室さんが大量の容器を詰めた保冷バッグを覗き込む。
「いえ違います!作り過ぎてしまったのでおすそ分けついでに梓さんに味見をしてもらおうと思って・・・」
「梓さんにそのことは?」
「まだ伝えてませんけど・・・」
まさか。
「では、僕が食べても問題ありませんよね」
嫌な予感は的中した。急いでバッグへ詰め直した容器達は再度外へ出されていく。
「如月さんも一緒に食べませんか?」
ここで「いいえ」とは言える訳もなく。
「は、はい・・・」
スタッフルームには備品を置いている机以外だと、2人掛け用の小さなソファーとそれに合う大きさのテーブルくらいしかなかった。
安室さんがソファーの端に座り、隣をポンポンと叩く。そこに座れということは言わなくても分かった。
「し・・・失礼します・・・」
ゆっくり安室さんの隣に腰掛けた。ドクドクと音を立てる心臓がうるさい。
「そんなに硬くならなくても」
安室さんはくすくすと笑いながら容器の蓋達を取っていく。緊張で口から何か出てきそう。
「では改めて、いただきます」
「い、いただきます・・・っ」
つられるように食前の挨拶をする。こんなに早く、それもまだ練習段階のものを食べられるとは思ってもみなかった。
ぱくぱくと笑顔で食べ進める安室さんを横目で見ながら、おかずの1つを摘む。
・・・緊張でご飯が喉を通らない。
「どうしたんですか?お仕事で疲れちゃいました?」
「いえ!大丈夫です!気にしないでください!」
いらぬ心配をかけてしまった。慌てておにぎりを1つ持ち、ぱくりと口に入れた。
安室さんとの距離が、近過ぎる。
どうしてこんなにも心臓がうるさいのか。
安室さんだから?
安室さんに緊張している?
いや、違う。
緊張ではない心臓の高鳴り。
だとするとこの感情の答えは・・・
「好きです」
「へ・・・!?」
突然の耳を疑う言葉に、勢いよく安室さんの方へ情けない声と共に顔を向ける。