第3章 ポアロ
幸いその日はお客さんが疎らに見える日だった。安室さんの言われた通りに注文を取り、ドリンクを入れたり片付けをしたり、気持ちとしては落ち着いて仕事ができたと思う。
「お疲れ様です!如月さん、安室さん!」
「梓さん、お疲れ様です」
突然、梓さんが裏からひょこっと顔を出してきた。気付けばお昼時を回っていた。
「安室さん交代しますので上がってくださいね」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて」
そう言いながらも片付けをする手は止まっていない。
「帰る前にまかないを作ろうと思いますけど如月さんも食べますか?」
ポアロではまかないが出るのか。初耳の情報に持ってきたおかず達の存在を思い出した。
「いえ、私は持参してきたので大丈夫です」
あのおかず達を自分の分だけでも減らしておきたいと思い、その日のまかないは泣く泣く断った。安室さんの料理が食べられるなら持ってこなければ良かった。
その後、梓さんに休憩へどうぞと促されスタッフルームに入った。
「えっと・・・これとこれと・・・」
早速自分のロッカーを開けておかず達を確認する。梓さんに押し付ける用の容器と自分が食べるものを分けてテーブルへ並べた。改めて見てもすごい量だ。
その直後、扉をノックする音が響き、カチャっと音を立てて開いた。
「失礼します」
安室さんが顔を覗かせた。ヤバい、見られて都合が悪いものではないが、なんとなく恥ずかしくて並べていた容器を素早く保冷バッグに詰め直す。
「それ、お弁当ですか?」
どうやら見つかってしまった。まかないを作っていると思って油断した。
「そう・・・、です」
「ほぉー、僕も1口頂いて良いですか?」
外していた視線を思わず安室さんに向けた。いつもの笑顔だ。その圧力が断る権利を与えない。
「・・・練習なので美味しくないかもしれませんよ」
「構いません、如月さんが作った物というのに意味があるんです」
一体どういうことだろう。気になった言葉にキョトンとしていると、保冷バッグから容器を1つひょいと取られた。
「卵焼きですね」
取り出すや否や、早速容器を開けた。スタッフルームに備え付けてあった割り箸をパキッと割り、1つを摘み口へ運んだ。
一応味見はしているが、味に自信はない。味わう安室さんをじっと不安の眼差しで見つめる。