第3章 ポアロ
「あ、安室さん・・・!?」
てっきり梓さんがいるものだと思って驚いた。まだ開店していないポアロのテーブルを拭いていたようだ。
「梓さんは午後から来られます。それまでは僕がお仕事の内容を教えますね」
「は、はい・・・お願いします・・・」
確かに原則は安室さんがいない時とは行っていたが、まさか初日がそれだとは思わなかった。
「スタッフルームの案内しますね、こちらへどうぞ」
安室さんは手のひらを上に向けて丁寧に方向を示した。
「ここがスタッフルームです。如月さんのロッカーはこちらですね」
安室さんのロッカーの隣に私の名前を可愛い字で書かれた札が付けられていた。書いたのは梓さんだろうか。
「ロッカーの中にエプロンが入っていますのでそちらをつけてください」
「分かりました」
ロッカーを開けるとポアロの文字が入ったエプロン。エプロンと入れ替えに持ってきたお弁当のおかず達と手荷物を入れた。エプロンをつけ終わるまで安室さんは静かに優しい笑顔で私を見守り続けた。
「では、簡単な仕事内容をホールで説明しますね」
挨拶やお水の出し方、注文の取り方やメニューの内容、お皿の位置や片付けの仕方などある程度の動作を叩き込まれた。
「料理などは暫くの間、僕や梓さんがしますので」
そうか。ここでは接客と厨房をどちらもしないといけなかった。改めて料理の特訓をしなければ、と心に決めて。
「もうすぐ開店時間ですね、分からないことがあればいつでも聞いてください。僕もここで働き始めてまだ日は浅いですけど」
その割にはポアロに溶け込んでいる。そう喉の奥でつっかえたが敢えて飲み込んだ。
開店時間が近づくに連れて緊張が大きくなる。
「大丈夫です、僕がいますから」
酷い顔でもしていたのだろうか。優しく頭にポンっと手を置かれた。途端に顔が熱くなるのが自分でも分かる。
「あ、ありがとうございます・・・っ!」
恥ずかしさを隠すように安室さんから離れた。今はさっきよりも酷い顔をしている自覚があった。顔から火が出るとよく言うが、あれはあながち間違いではないと思った。
そんなやりとりをしていると、その日一人目のお客さんが見えた。