第3章 ポアロ
ある意味単純な自分に笑いすら込み上げる。
「あ、そこを右です」
徒歩20分の距離は車では数分。あっという間に自宅近くだ。
「ここで大丈夫です」
自宅近くで車を停車できるのはここだと判断し、指を指す。安室さんは指示通り、ゆっくり車を停車させた。
「すみません、本当にありがとうございました」
「いえいえ、僕もドライブできて楽しかったです」
シートベルトを外し外へ出る。途端に車の窓が開いた。
「ではまた」
「はい」
短い挨拶を交わして安室さんは颯爽と消えた。それを見送って自宅へと向かった。
「ただいま」
いつもの帰宅の挨拶を誰もいない部屋に放ち、そのままベッドへ倒れ込む。机は今朝片付けないまま出たので散らかったままだ。
「疲れた・・・」
特に長い時間働いた訳ではないが、暫く人と会わない生活をしていた私にとって今日はとても濃い1日だった。
社会人として少しは戻ってこれただろうか。
「お兄ちゃん・・・」
本当の兄ではないけれど、彼のことは幼い頃からずっとそう呼んでいたので大人になった今でもそう呼んでいた。重たい身体を起こし、立てかけている写真を手にする。また暫く思い出に浸って、涙ぐむ。
「・・・お風呂行こ」
もう少し、少しでも強くなろう。兄の為にも、安室さんの為にも。自分を奮い立たせる意味も込めて勢いよく顔からシャワーを浴びた。
その後はゆっくり夕飯を作って食べ、出しっぱなしにしてあったパーツを見ると続きをせずにはいられず、作業に没頭した。
「できた・・・!」
今回作ったのは発信器と盗聴器を掛け合わせたもの。見た目に違和感がないようにブローチ型にしてみた。
発信機はスマホと連動させ、マップ上に表示できるようにしてみた。盗聴器は専用のイヤホンで同じくスマホと連動させた。
「まあ、使うことはないんだけど」
小さなそれをつまんで天上に掲げるように腕を伸ばす。我ながら色んな意味で面倒くさいものを作ってしまったと思う。
そんなことを思っているとスマホからメールを知らせるメロディが鳴る。開くと安室さんからのものだった。
『ポアロは明後日に出勤と伺いました。事務所へはその次の日にお願いします。明日はゆっくり休んでくださいね。』
心臓がドキドキと大きく跳ねる。ただ業務のメールが届いただけなのに。この気持ちは何なのか。