第3章 ポアロ
「お待たせしました」
十分程度で安室さんが戻ってきて。
「それでは行きましょうか」
「は、はい」
お疲れ様、と店内から手を振りながら見送ってくれる梓さんに会釈をして応えた。
ポアロを出ると安室さんはポケットからチャリっと何かを取り出して。
「近くに止めてますので、ここで待っててください」
どうやらポケットから出したのは車のキー。はい、と頷くと安室さんは走ってどこかへ向かった。
「安室さん車持ってるんだ・・・」
探偵は自分の勝手な固定観念から、歩きというイメージが強かった為、彼が車を持っていることを少し意外に思った。
数分、待ち行く人に目を向けながらポアロの前で待っていると、突然目の前に一台の真っ白なスポーツカーが停められて。
兄が好きそうな車だな、なんて思っていると、運転席側から降りてきたのは安室さんだった。
「お待たせしました、どうぞ」
スポーツカーということにも驚き、戸惑いながらも、彼のエスコートに静かに従った。
「お家、こっちの方角ですよね?」
「は、はい・・・あってます・・・」
シートベルトをしながら、安室さんの指差す方向を確認する。
どうして知ってるんだろう、教えた覚えはなかったが。
「朝、事務所の前で会ったときに僕が来た方向とは逆の方向から来られたようだったので」
心の中が読めるのか、彼はズバリ私の疑問に答えてみせた。
・・・そうだ、この人は探偵だった。
「近くになったら道案内お願いしますね」
「分かりました」
安室さんの車というだけで緊張するが、スポーツカーということに、その緊張を上乗せされる。
何か話した方が良いのか、でも何を話せば。
そんなことばかり頭の中でグルグル回った。
「事務所の鍵、そのまま持っていてください」
「え?」
「恐らく僕より如月さんの方が使うことが多くなると思いますので」
そういえば鍵を返していなかった。
仕舞ったそれを確認するように、そっとカバンに手を置いた。
「また仕事内容やシフトについてはメールしますので」
「了解です」
今日は自分でもよく仕事ができたな、と思うほどスムーズに仕事ができたと思う。
兄が行方不明になった直後は仕事どころか自分のことすら手につかなかった。
それほど安室さんに依頼したことで安心したのだろうか。