第117章 安室3
「あの、ちょっとすみません」
思わず浮かべてしまった笑みは消えることなく、僕は通りがかった2人組の女性へと声を掛けた。
「楠田陸道っていう入院患者、知りませんか?」
彼をもう少し、揺さぶりたくなってしまった。
そんな僕の興味からの行動でもあって。
声を掛けた女性に、先程コナンくんに出した名前をもう一度出してみせた。
「さあ・・・どんな方?年は?」
「その人の写真とかあるかしら?」
・・・期待通りの反応で助かった。
「あ!もういいです」
「あら、そう・・・?」
本来であれば、この女性達のような反応になるはずだ。
笑顔のまま軽くお礼を告げると、声を掛けた女性達は再び廊下を進み始めた。
「毛利先生ならどうです?突然名前を出されて、知ってるか?って聞かれたら」
「そりゃまあ、今のオバサン達みたいに・・・」
毛利探偵にそれを尋ねた瞬間、ひなたさんは気がついた様子だった。
僕が何を言いたいのか。
「そう、大抵の人は自分の記憶に絶対的な自信はないんです。だから普通はNOと言う前に、その尋ね人の名前以外の情報を知りたがる」
皆が皆、そうでは無いことは分かっているが。
この小さな探偵くんの目は・・・真っ直ぐ過ぎた。
「だから君はすごいよ。名前だけで知らない人だと確信できるんだから」
断言したんだ、彼は僕に。
自分には関係がないと、突き放すように。
「ガキの言うことを真に受けるなよ。会ったことがあっても名前を知らない奴はザラにいるし・・・あだ名とかでしか知らねえ奴もいるからよ」
そうですね、と誤魔化すように毛利探偵には笑ってみせたが、小さな探偵くんからの警戒心はそれなりに強めたようで。
・・・その警戒心を、彼女にも少し分け与えるように、と心の中でお願いをしている最中のことだった。
「3、2、1・・・ゼロー!!」
「!」
背後から聞こえた子どもの声で、一瞬体が強ばった。
それはエレベーターの動きに合わせ、カウントダウンをした声で。
ただ、それだけの声だったけれど。
思わず体が反応し、振り返っては遠い記憶が脳裏を過ぎっていった。
『ゼロ!』
そう、僕を呼ぶ声が。
頭に谺(こだま)する。
懐かしくも、昨日の事のようにも思える出来事が、目の前を通り過ぎていくようで。
・・・思わず、全ての動きを止めてしまった。