第116章 安室2※
「・・・ありがとうございます」
「どういたしまして」
ここでお礼を言われるのも、少し違うような気がするが。
それでも今は素直にそれを受け取っておくと、彼女は体を起こし始めようとして。
恐らく、蘭さん達に気付かれる前にここから立ち去りたいのだろうけど。
その動きは正常な時と比べて、かなり鈍く見えた。
「あ、水を飲んでから動いた方が良いですよ」
かなりの汗をかいている。
まずは水分を補給するべきだろうと、持ってきていたペットボトルの水を手渡した。
「ありがとうございます」
彼女はそれを僕の手から受け取ると、早速何口か胃に流し混んだ。
・・・本当に、ひなたさんという人は掴めない。
さっきまで僕を警戒していたかと思うと、時折安心したような表情を見せたり。
今も、僕がバーボンと知ってか知らずか、何が入っているか分からない水を何の疑いも無く飲んでしまった。
・・・何か、仕込んであるとは思わなかったのだろうか。
それは単純な注意力の欠如なのか、僕に対してそれが働いていないのか。
後者であれば喜ばしいことだが、暑さもあり、判断力が鈍っての前者の可能性が高い。
「・・・透さん」
「?」
そんな事を脳裏で考えていると、ふと呼ばれた名前に、視線で返事をして。
その瞬間の目が、どこか物寂しげに見えたのは。
「私・・・いつまで透さんの傍に、いても良いですか・・・?」
気の所為だと、思いたい。
勘違いを、してしまうから。
彼女は、あくまでも僕との関係を断ち切らない為にそう言っているのだと自分に言い聞かせた。
安室透であり、バーボンである僕との関係を。
「・・・ずっと、いてくれないんですか?」
であれば、僕もそれなりの返事をしなくてはならなくて。
これが安室透でもバーボンでもない、降谷零の言葉だと彼女が知ったら・・・どう思うだろうか。
「います、いさせてください・・・っ」
これが演技だとすれば、相当なものだ。
そう見えないのは、自分の感情が邪魔しているせいだ。
「こちらこそ」
沖矢昴とのことを完全に聞き出すまでは、僕も彼女との関係を切る訳にはいかない。
・・・こんな歪な関係でも。
それを示すように、触れるだけのキスをして。
ほんの少しの夢の時間を、彼女と過ごした。