第114章 安室1※
「すみません、よく聞こえませんでした」
「・・・・・・っ」
自分の感情を誤魔化すように。
自分の冷静より彼女の冷静さを失わせるように。
わざと、そんな言葉をかけた。
「意地悪な透さんは嫌いです・・・」
「僕はどんなひなたさんでも好きですよ」
・・・らしくない。
自分でも、そう思ってしまう。
どうにか自我を保ちつつ、上手くたち振る舞わなければ。
そんなことを思いつつ、いつもの様な言葉を吐いていると、彼女は何かを訴えるように、僕の服を無言で引いた。
「どうしました?」
振る舞いの延長線上で。
意地悪く・・・言ったつもりだけれど。
今の言葉を安室透として言ったのか、バーボンとして言ったのか。
判断ができなくなっている程には、焦りがあった。
「・・・何でも・・・ないです・・・っ」
「そうは見えませんけどね」
幸いなのは、彼女も比較的余裕が無いことだ。
余裕を装うように笑みを浮かべながら、暗闇に慣れてきた目で、彼女の表情を確認した。
「透さんは・・・?」
「僕、ですか?」
少し、悔しそうな表情。
その上で、どこか躊躇うように彼女は僕にそう問いかけて。
何の事か、と小さく首を傾げれば、彼女は再び口を開き。
「・・・ここで・・・やめられますか?」
そう質問を重ねた。
「・・・・・・」
成程、なんて思ってしまった。
頑固故の質問だろうか。
自分で確実な言葉として答えは出さないが。
代わりに僕にその答えを言わせる。
意外と悪知恵が働くというのか、ずる賢いというのか。
きっと当の本人は無意識だろうが、そういう物が働く女性なのだなと思えば、思わず笑いが込み上げて。
ほんの小さくだが、その笑いを零してしまった。