第114章 安室1※
「・・・ッ」
結局、彼女はそのまま力が抜けるように膝の上へと座り込むと、肩には手を置いたまま、僕の胸に顔を埋めてしまった。
幾度となく、仕掛ける側だったはずの僕が。
たった1人の、それも普通の女性に心臓の動きを速くさせられるとは、思ってもいなかった。
「・・・すみません。ちょっとでも透さんの余裕を崩してみたかったんですが・・・ダメでした・・・」
顔を埋めたまま、気持ちを吐露する彼女に息が止まった感覚を覚えて。
・・・色々、経験はしてきたつもりだったけれど。
そこに好意があるかどうかで、その意味というのは大きく変わることを痛感した。
十分に彼女は僕の余裕を崩している。
元より、彼女に関する事での僕には、そんなもの無いけれど。
何故彼女が急にそんな事をしたのか、言葉通りなのかは分からないが。
「顔、上げてもらえませんか」
今、言えることは。
恐る恐るこちらを見上げる彼女の事が、情けなくも、可愛いと思ってしまうことだけで。
・・・ここからの時間が、安室透だったのか、バーボンだったのか。
それは自分でもよく分からなかった。
「こうするんですよ」
気付けば、彼女の後頭部に手を添え、自分の方へとグッと近付けていて。
「・・・っ!」
目を固く瞑り、身構えた様子の彼女を、唇が触れる寸前の場所から見守った。
「・・・・・・?」
数秒後、ゆっくりと開いた彼女の瞼の隙間から、戸惑いで揺れる瞳が覗いて。
「すみません、意地悪されたので意地悪し返しました」
その瞳と完全に目が合った瞬間、彼女にそう言ってみせた。
これが私情ではないと、どうやったら言い訳できるだろうか。
これからの事を丸く収め、彼女と綺麗に別れた瞬間に、証明されるのだろうか。
「・・・透さん、意地悪好きですよね」
「ひなたさん程ではありませんよ」
そこに互い、大きな穴を残さず・・・綺麗に。
それでいて、彼女の思いは僕に繋ぎ止めたまま。
・・・そんな事ができるのだろうか。
「おや、してくれないんですか」
いや。
するしか・・・ない。
それまでの行動が不誠実でも。
ずっと、そうしてきたじゃないか。