第114章 安室1※
崩れるように倒れた男を横目に、背後にいる彼女へと体と視線を向けると、怯えた様子で固く瞼を閉じる姿が目に映った。
その間に、落ちていた彼女の携帯を素早く拾い上げると、ポケットへとしまい込んで。
「ひなたさん、もう大丈夫ですよ」
僕の声掛けに、彼女はゆっくりとその瞼を開いて。
倒れた男を目にすると、良くなかった顔色を更に悪くさせた。
「こ、この人・・・っ」
・・・一応彼女も、この男が最近よく顔を出す客だという事には気が付いていたようで。
ただ、本当によく顔を出す客という所で止まっていたようだが。
「ひなたさんがいないときは入店しない、と梓さんから聞いてまして」
「・・・そうだったんですか・・・」
俯く彼女に体は向けたまま。
近くにいた部下に視線を向けると、それに気付いた部下が視線で返事をして。
アイコンタクトでこれからの事を指示すると、彼は小さく頷いてその場から去った。
「あの、大丈夫ですか」
とりあえず、まずはこの男を片付ける所からだ、と横たわっていた男に声を掛けて。
「・・・・っ、つ!」
意識を取り戻した男は僕の顔を見るなり、顔を強ばらせながら体を引きずるように後退りした。
「くそ・・・っ、お前・・・!」
・・・こんな男に、彼女へ恐怖心を植え込まれたかと思うと。
この男にも、自分にも。
苛立って仕方がない。
「金輪際、ひなたさんには近付かないと約束していただけますか」
ふらつきながら立ち上がった男に、冷たい視線を送りながら忠告をした。
まあ、これから警察でたっぷりと扱きを受けるのだろうが。
「そんなこと、お前に指図される覚えは・・・!」
「約束、してくれますよね?」
彼女にも、男にも。
ポケットに注意向けられないように、圧力を掛けて話した。
その時の表情は、自分でもよく覚えていない。
けれど、この時の男の表情を思い出せば・・・何となく、良くない表情ではあったのだろうな、とは思う。
「ひ、ひぃ・・・っ!!」
情けない声を出し、男は足を縺れさせながら逃げて行った。
その先で、警官が待っているとも知らず。