第114章 安室1※
「す、すみません・・・っ、急いでいたので・・・」
急いで・・・か。
「そんなに急いでどちらまで?」
一応、ここは店内だから、と。
笑顔は絶やさず、なるべく彼女にだけ聞こえる声量で尋ねた。
「ゆ、友人の家に・・・」
「へぇ、僕はてっきり昨日の男に会いに行ったのかと思いました」
・・・目を、逸らした。
彼女が僕の質問に答える際、咄嗟に視線を斜め下へと落としたのを見逃さなかった。
それが意味するのは当然、彼女が嘘をついているということで。
「昨日の方は名前も知らない、通りすがりの方です」
「そういうことにしておきましょうか」
ああ・・・彼女は本当に嘘が下手だ。
それはこちらが心配になってしまう程で。
昨日の男に会っていたことは、ほぼ間違いがないだろう。
けれど、彼女が向かったのは工藤氏の家だ。
・・・どうやら、調べるのはあの男のことだけでは無さそうで。
「できました、冷めないうちにどうぞ」
「・・・ありがとうございます」
程なくして出来上がった料理を差し出し、それを口にする彼女だったが。
その手は小刻みに震え、怯えている様子だった。
「・・・・・・」
嫌な予想というのは、良い考えよりも早く巡ってしまうもので。
この時の予想は自分でも信じたくなかったが、結果として間違いでなかったと知るのは、少し先のことだった。
ー
「ごちそうさまです」
「お粗末さまでした。食後のデザートはいかがですか?」
食事を終えた食器をカウンター越しに受け取ると、笑顔で提案をしてみた。
「・・・いいんですか?」
忙しい昼時のおかげで、あれ以上の話ができていなかったから。
少しでもここにいる時間を引き伸ばすことができれば、と思って提案してみたが、存外簡単に受け入れてくれた。
「すぐ準備します」
作り置きしてあるケーキを皿に出し、紅茶をカップへと注いだ。
その紅茶は彼女に初めて差し出した時と同じように、ミルクティーへと変貌させて。