第114章 安室1※
「大丈夫ですよ、この後何かご予定でも?」
「いえ、別に・・・」
それが本当かどうかは分からないが、嘘をついている様子もない。
・・・ついでに、工藤氏との関係も探りたいと思って。
「では、何かご馳走します」
「え・・・!?あのっ・・・!」
彼女の手を取ると、店内へ引きずり込むようにそれを引いた。
「あれ?ひなたさん!」
「あ、梓さん・・・すみません、忙しい時に・・・」
店内にいた梓さんが彼女の存在に気付くと、いつもの明るい笑顔を彼女へと向けた。
こういう時、梓さんのような存在はありがたい。
僅かでも彼女の警戒心を解く切っ掛けが増えるから。
「大丈夫ですよ!どうぞ、座ってください」
梓さんのその声掛けがあっても、まだ遠慮がちにチラリとこちらを見てきたひなたさんに、梓さんと同じように笑顔で応えて。
そのままカウンターに座るように促すと、ようやく彼女はおずおずとそこへ腰掛けた。
「梓さんのカラスミパスタも美味しいですけど、今日は僕の特製シチューなんていかがですか」
カウンター越しに笑顔でひなたさんへ提案をすると、彼女もまた、やんわりとした笑顔を小さく浮かべた。
「じゃあ・・・それで」
「はい、かしこまりました」
その笑顔が意味するのは、ここに客としている気まずさからなのか。
それとも、今、僕と顔を合わせている気まずさからなのか。
「今日はお出かけですか?」
「は、はい・・・まあ・・・」
料理を準備する間、彼女の視線はこちらから離れることはなかった。
それに気付いている自分もまた、彼女にしか意識を向けていないことにもなっているが。
「・・・連絡、入ってませんでしたけど」
「あ・・・っ」
とりあえず今は、1つずつ確認をしなければ。
そう思い、この事については真正面から尋ねた。
これで動揺が誘えれば、あの男や工藤氏のことについて口を滑らせてくれるかと思ったが。
・・・どうやら、連絡については本当に忘れていたようで。