第114章 安室1※
無理に作ったと分かる笑顔に胸を締め付けられれば、何もしてあげられない自分に少し腹が立ってしまって。
彼女に更に歩み寄り、顎に指を添え顔を上げると、数分前にできなかった触れるだけのキスをした。
「また何かあれば連絡します」
「・・・はい」
今、自分にできるのは・・・彼女の気持ちを利用した、こんな最低なことだけで。
これ以上、ここに居るのは色んな意味で危ないと判断し、足早に部屋を去った。
車に乗り込み、風見との待ち合わせに向かう最中、取り戻した冷静さは段々と後悔へと変化していった。
思い返せば返す程、仕方がないという便利な言い訳ばかりが僕を覆い隠す。
・・・何が守るだ。
彼女の気持ちを弄んでいるも同然だ。
最低以外の・・・何物でもない。
ー
「降谷さん」
例の場所、とある橋の下の河川敷。
風見はその影に身を隠しながら、僕の本当の名前を口にした。
「こちら、例の物です」
「ありがとう、助かる」
彼の隣に立つと、視線も合わせぬまま彼から物を受け取った。
樹脂袋に入っそれを素早く内ポケットにしまい込むと、スーツのポケットに自身の手を突っ込んだ。
「・・・・・・」
その数秒後、暗闇ではっきりとは確認できないが、彼の顔へと目をやって。
その姿をぼんやり捉えると、ようやくいつもの自分に戻った気がした。
「・・・降谷さん?」
何も言わない僕に戸惑ったのか、彼は少し体勢を崩しながらこちらに顔を向けて。
「なんでもない。それより、来週末は僕がいないから、そのつもりでいてくれ」
「ええ、勿論分かっています」
だろうな。
彼に頼んだものは、まさに来週末に必要なものだから。
ベルツリー急行・・・ミステリートレインと呼ばれる列車に乗る際に、必要な。