第114章 安室1※
「・・・透、さん」
「なんですか?」
確かめるように彼女に名前を呼ばれ、ほんの少し心臓が反応してしまった。
そんなはずは無いのに、安室透という名前に違和感を覚えられたように感じたから。
「これからずっと・・・透さんって呼んでも、良いですか・・・?」
「勿論」
案外、名前を呼ぶことはすぐに受け入れてくれているようだ。
どこか安堵した気持ちを抱きながら笑顔を向けると、暫くの間何かを確認するように互いを見つめあった。
彼女の目を見ていると、不思議な気持ちに陥る。
何かを崩されるようなそんな感覚を覚える中、引き付けられるように、彼女の唇へと自身の唇を近付けた。
けれど瞼を落とした彼女を確認した瞬間、目が覚めたようにハッと自我を取り戻した。
同時に、ポケットにしまっていたスマホからバイブ音が鳴り響いた。
「・・・すみません」
今日は何だかおかしい。
そう自覚がありながらも抗えない自分に心の中でため息を吐くと、体を起こしてスマホを取り出した。
玄関に向かい、彼女には聞き取れない位置で電話に出ると、電話の相手・・・部下である風見は、淡々とした様子で用件を伝えた。
『降谷さん、例のものが用意できました』
その淡々とした様子が更に冷静さを取り戻させ、ようやく降谷零である自分を取り戻したように思えて。
「助かる。・・・すまないが、今から受け取っても良いか?」
『い、今からですか・・・?』
けれどまだ、自分の中でのざわつきが抑えられなくて。
彼に伝えたいことがあったのもあるが、彼の顔を見れば少しはマシになるように思えた。
『分かりました。例の場所で良いですか?』
「ああ、構わない。15分で向かう」
そう言って電話を切ると、一度気持ちを吐き出すように深呼吸をし、彼女の元へと戻った。
「すみません、急用ができてしまって・・・。一人で大丈夫そうですか?」
既に家までは送り届けている上、ここなら危険性も少ない。
公安の監視は、相変わらず必要だろうが。
大丈夫でないことは目に見えて分かっていたけれど。
「大丈夫です、ありがとうございました」
彼女に、そう答えるしかないような質問をしてしまった。