第114章 安室1※
「本当はずっと言うつもりじゃなかったんですが・・・。ひなたさんが可愛くて抑えきれませんでした」
・・・本当に。
言うつもりなんて微塵も無かったのに。
体の関係さえあれば良かったのに。
結局、彼女の気持ちも自分の気持ちも。
全てを利用する形になってしまった。
それでも何も知らない彼女は、僕の体を更に抱きしめて。
また罪悪感と理性を逆撫でされてしまった。
「・・・そんなことされると本当に抑えられなくなります」
ここからは・・・バーボンと降谷零の間といった所だろうか。
冬真のことに納得してもらうまでは、彼女を傍に置いて。
彼女が落ち着いた頃に、組織の目が届かない場所へ移動させよう。
「ひなたさん」
抱き締めたまま名前を呼ぶと、彼女は顔を少しだけ動かして。
「・・・名前で呼んでくれませんか」
体を離し目をしっかり合わせると、羞恥からか彼女は目を僕から逸らした。
彼女からどれだけの信用を得られるか。
油断・・・と言えば聞こえは悪いかもしれないが、それをどれだけ誘えるか。
ここからは、それが重要だ。
「僕の目を見て」
目は口ほどに物を言う、とはよく言ったもので。
ゆっくりこちらに目を向ける彼女の目は、酷く動揺し泳いでいた。
「と・・・、る・・・さん」
「聞こえないです」
「・・・っ・・・!」
・・・透。
その名前でしか、彼女は僕のことを呼べないのに。
全く満たされない気持ちに、苛つきに似た感情が湧き上がった。
その苛つきを押さえ込みながら、手の甲で顔を隠そうとする彼女の手を取り払うと、どうにか笑顔を作りあげて。
「さあ、どうぞ」
羞恥からか、真っ赤なものから元に戻らない彼女の表情を確認しながら、催促をした。
「と、とおる・・・さん・・・」
絞り出すような、か細い声。
それでも視線は僕にきちんと向けられていて。
「・・・ありがとうございます」
本当は謝らなければいけないのに。
方法も、やり方も。
もっと別のものがあったはずなのに。
それでもこんな方法をとって申し訳なかった、と。
謝るべきなのに。
でもそれが言えないからか。
蓋をするように、お礼の言葉で気持ちごとかき消した。