第112章 恋愛で※
「・・・ひなた、舌」
短い指示。
舌をどうするか、という明確な言葉はないけれど。
引っ込めてしまった自覚がある以上、どうすべきなのかは検討がついていて。
「ん、む・・・っんぅ・・・」
くぐもった声が響いてくる。
呼吸が上手くできず、僅かにもがけば水音も一緒に響いてきて。
浴室の明かりは妙に明るい。
それが恥ずかしさを煽って。
ようやく唇が離された頃には息が上がりきり、ふわふわとした感覚に頭がボーッとした。
「過去に起きたことは曲げられない。けどこれからのことは、変えられる」
くたっとした私の体を支えながら頬を撫でると、彼はそう言ってみせて。
変えられないからこそ、聞いても嫉妬はしないということなのか。
これからのことも、変えられないことも勿論あるだろうけど。
彼なら本当に何でも変えてしまいそうだと思いながら、頬に当てられた彼の手に擦り寄った。
「現状の彼・・・には限らないが、嫉妬しない訳ではない。だから牽制はする」
その牽制は見た目柔らかではあるが、かなり威圧的ではある。
もうその必要性は私には感じていないから、力加減はしてほしいところではあるが。
「宣戦布告もされたことだしな」
・・・そういえば、言っていた。
しかもそれは、かなり堂々と。
「気移りされないように、僕も気を付けないと」
「し、しないよ」
きっとあの時の言葉は半ば私への元気付けの様なものでもあったのだろうけど。
彼の嫉妬心を煽る方が十分ではあった。
「でも今日の帰り際、彼に頭を撫でられて満更でも無かっただろ?」
ああ、そんな事もあった。
それよりも、その直後に言われた彼からの言葉の方が、私は記憶に残っていたから。
「怒ってるの?」
「いいや」
零は聞こえていなかった。
聞こえないように、彼も私に言った。
あの時は彼が私の頭を撫で、それに頬を赤らめたという形で終わっている。
「・・・彼ね」
少し拗ねたような雰囲気の彼にクスッと笑いを漏らすと、彼は僅かに不服そうに口を曲げた。