第112章 恋愛で※
「やらないなら・・・消すしかないな?」
「・・・!」
静かな怒りを露わにする男が徐ろに取り出したのは、バタフライナイフだった。
慣れた手つきで取り出すと、刃をむき出しにして。
真っ直ぐ、それは彼の体目指して進んでくる。
どうするか、考える余裕すら無かった。
彼の真後ろに座っているせいで、彼を押して退けることもできない。
ただ何もできない時間がスローモーションのように流れる中、瞼を強く閉じることしかできなくて。
「・・・っ」
鈍い音と共に、体が倒れる音が耳に届いた瞬間。
苦しそうな声も、後に聞こえてきて。
咄嗟に、数秒閉じてしまった瞼を開き、辺りの状況を飲み込もうとしたけれど。
その目に映った光景を飲み込めないまま、疑った。
「こんばんは」
そんなはずはない、と。
だって目の前にいるのが・・・集団の1人を締め上げる、零だったから。
「安室さん!?」
驚いたのは勿論私だけではなく。
刃を向けられた彼もまた、同じように零の存在に驚いた様子で。
「何だ、お前?」
けれど刃を向けていた男は動じる様子無く、今度はその向きを彼から零へと移動させた。
「たまたま通り掛かった者です。でもそれ、良くないものですよね?」
刃物を向けられているにも関わらず、彼はにこやかな笑顔で、口調も穏やかに返事をして。
けれど、締め上げていた男をすぐ傍に倒れていたもう1人の男の上へと放り投げる様は、決して穏やかとは言えなかった。
「・・・チッ」
今の数で勝てる見込みが無いと思ったのか、男は大き過ぎる舌打ちをすると、仲間を見捨て逃げ始めた。
「待て・・・っ」
それをヒロくんは咄嗟に追おうとしたけれど。
その肩を掴み、何故か止めたのは零だった。
「大丈夫ですよ」
またしても余裕そうな笑みを向けたまま、零は逃げた男の、その先に視線をやって。
何かあるのかと、彼と一緒に視線を動かした時だった。