第112章 恋愛で※
「ははは・・・」
私の言葉に、彼は何故か目を丸くすると、数秒後に頬を掻きながら小さく笑って。
「好きだった、か」
そして、そうポツリと呟いた。
その瞬間に見せた僅かに寂しさが滲む笑顔に、胸が傷んだが、でもこれが私にとっての事実だ。
変に嘘をつく方が、彼に申し訳ない。
「じゃあ、私そろそろ・・・」
用事があるというのは嘘ではないから。
腕にしている時計に目をやり時間を確認しては、手を上げ去ろうとした瞬間。
「あ・・・ひなた!」
今度は手も掴まれず、呼び止められて。
「連絡先、教えてくれないか・・・!」
振り向いた私に、彼は僅かに意を決した表情で、そう言った。
「・・・・・・」
咄嗟に返事ができなかった。
ごめん、と言えば済むのかもしれない。
でも無下にできないのは何故だろう。
連絡先を教えて良いはずがない。
ただ、なるべく柔らかく断りたい。
・・・零のことを言っても良いのだろうか。
言えば彼もきちんと納得した上で、諦めてくれるだろうけど。
何と、言って・・・。
「こんにちは」
「!!」
言葉に迷い、俯いている私の背後から突然、よく知っている声が聞こえてきて。
思わず肩をビクッと大きく震わせると、反射的に振り返った。
「初めまして」
「は・・・はじめまして」
それは私の後ろに立っていた零が、私の目の前に立つ彼へと向けた言葉で。
その表情は穏やかな笑顔、だけれど。
明らかな敵対心が、私には見えていた。
何故ここに居るのだろう。
そんな疑問よりも先に、どこから見ていたのだろう、という不安を感じた。
そう思うということは・・・後ろめたさを覚えているということで。
「知り合いの方ですか?」
私の肩へと手を置くと、零は覗き込むように私へと尋ねてきて。
その一連の動作と声色で、珍しく察することができた。
・・・零は、目の前の彼が、私にとってどういう関係の人だったのか知った上で聞いている、ということを。