第112章 恋愛で※
「・・・え?」
彼の事だから、それは本当に思っていることなのだろうけど。
「あの頃、ひなたを笑わせるのに必死だったんだけどな」
「そんなに笑ってなかった・・・?」
言われたことに、自覚はなかった。
彼と過ごした日々は薄れつつあるけれど、楽しくなかった訳ではなかったから。
「笑ってはいたけど、いつも困ったように笑ってた」
・・・失礼な奴だ。
自分のことだけれど、そう思ってしまう。
彼とそういう関係になっていたのは、兄が居なくなるよりもずっと前のこと。
施設から出て友達もいなかった為、どう接して良いのか分からなかったのかもしれないが。
「ごめん・・・」
「謝ることじゃないよ。ちゃんと楽しませられなかった俺も悪いし」
・・・相変わらず、良い人だ。
でもやはり、それ以上には思えない。
「・・・連絡、返さなかったのは本当にごめん」
「いや、ひなたが俺に気が無いのは分かってたから」
何か誤魔化すような笑顔に、心臓がキュッと締め付けられるような気になった。
「それでも、振り向かせたいと思ってた」
「・・・・・・」
きちんと彼と向き合わなかったのは、良くなかった。
私なんかに好意を向けてくれる人は貴重だというのに。
・・・でもあの時、彼と上手くいっていたら。
想像はできないが、零と出会うこともなかったのだろうかと、少し複雑な気持ちになった。
「おわ・・・っ」
「!」
そう考え込みながら、持っていたメモに皺をつくっていると、彼の驚く声と共に突然視界が暗くなって。
彼が私を壁に追いやるように手をついたのだと気付いて顔を上げれば、目の前には焦った表情の彼がいて。
「ご、ごめん!」
誰かにぶつかった拍子にそうなってしまったことは私にも分かったのに。
「・・・ふふ」
慌てて飛び退く彼に、それをするのは私の方じゃないか、と思わず笑いが漏れた。
ずっと一人だと決めつけていたけれど。
一人を選んでいたのは私だったのだと、今更気が付いた。
歩み寄っていれば・・・少しは。
いや、かなり私の人生は違っていたのだろう。
「・・・そういう、真っ直ぐな所は好きだったよ」
気が無かった、という彼の言葉に否定することはできない。
確かにそういう気はなかった。
でも、彼の人間性は好きだった、という話で。