第111章 きっと
「零・・・寝な、きゃ・・・」
「疲れてもいないのに眠る、というのは中々難しいな」
少し、白々しいというのか。
これから何が起こるのか。
「じゃあ、トレーニング行く・・・?」
「それも良いが」
何となく、脳が察し始めていて。
でもここで流されては駄目な気がする、と想像の事とは別の提案をしつつ、体を強ばらせた瞬間。
「!」
予想と反し、固まっていた体はふわりと浮き、いつの間にかベッド横へと立たされていた。
一瞬のその出来事に脳がついていかず、疑問符ばかりが頭上を舞う中、彼は私に優しく笑顔を向けてきて。
「出掛けよう」
予想外過ぎることを、口にした。
「ど、どこに・・・」
「どこでもないさ。勿論、車は無しで」
変な想像をしてしまった恥ずかしさを紛らわせるように、そんな事を尋ねてはみたけれど。
きっとこの頃にはもう、思考回路は停止していて。
ただお風呂と着替えを済ませ、玄関で待つ彼の元へと急ぐことだけしか、考えられなかった。
「ひなた」
「・・・?」
ようやく現実味と実感を覚え始めながら、靴へと足を突っ込もうとした時。
彼は徐ろに私の名前を呼んで視線を向けさせた。
間抜けな顔で見上げながら、いつもとは違う雰囲気の服を身に付けた彼に心臓を高鳴らせて。
「忘れ物だ」
そんな中で、彼は私の左手を取りながら、そう言った。
忘れ物も何も、持ち物なんて対してないけれど。
そう、思っていると。
「・・・!」
取られた左手は甲を上に向け、薬指にスッと指輪が通された。
彼がそのまま指輪に唇を落とし、悪い笑みを向けるから。
心臓は、痛いほどに脈打った。
「行こう」
その手を取ったまま、彼は部屋を後にしようとして。
その姿を見送りにきたハロくんに気が付くと、一度腰を屈め無造作に頭を撫でて。
「ハロ、留守番頼んだぞ」
「あんっ!」
相棒に頼むように。
互いの信頼関係が見えるような表情で、行ってきますの挨拶を交わした。