第111章 きっと
「き、聞かなかったことにして・・・」
「無理だな」
分かってる。
公安相手に、たった今喋ったことを忘れろなんて。
記憶力で勝負しているような彼には、通用しない言葉だ。
「それで、どうした?」
どうした・・・と言われても。
彼の名前を呼んだのは無意識だ。
それに、さっきまで考えていたことを正直に話せと言われても。
「な、何でもない・・・」
できるはずもない。
「安心させたい、というのは?」
例え全て、聞かれていたとしても。
「いいから早く寝て・・・!」
もう顔を見ることもできない。
誤魔化すように彼の胸へと顔を押し当て、隠れるように身を縮ませた。
寝ていたと早とちりした自分を殴りたい。
彼がそんな無防備な人間なはずがなかった。
悔しさというのか虚しさというのか。
彼を未だ分かっていない自分を責め上げながら、瞼を固く閉じた。
「・・・そんなに引っ付かれると、眠れないんだが」
「ご、ごめ・・・!」
至極真っ当だ。
要求とは裏腹に、そうさせない行動を取ってしまうなんて。
ベッドから落ちる勢いで慌てて体を離しながら謝罪の言葉を口にすると、ふと彼の姿が目に映って。
「・・・!」
その瞬間、僅かに時が止まったように思えた。
彼が手の甲を口元に当て、視線を落としながら真っ赤な顔をしていたから。
「れ・・・」
「見るな」
珍しい。
寝顔よりも、余程。
言葉には出すけれど、こうも分かりやすく表情に出すことは少ないから。
「無理だよ」
隠しきれない嬉しさを滲ませながらさっきの彼の言葉を返すと、照れの中に少しムッとした表情が足された。
「・・・言っておくが」
離したはずの距離は再び縮められたかと思うと、布団ごと彼が覆いかぶさってきて。
暗くなったと思うと同時に唇へ柔らかい感触を受けた。
「眠れなくしたのは、ひなただからな」
そう言った彼の表情は上手く確認できなかったけれど。
声色から察するに、少し悪い顔なのは確かだと・・・思う。