第111章 きっと
「だから怒ってくれと言っているんだ」
と、言われても。
「別に怖がって・・・」
いなかった。
そう断言できれば良かったのだけれど。
正直な所、恐怖は感じてしまった。
平常心を保っていなかった、彼に。
「いただろ」
こればかりは隠せない。
彼も記憶にあると言っている。
「・・・本当に、少しだけ・・・ね」
そもそも公安相手に誤魔化しなど通用しない。
それでも時には、嘘というのは必要なもので。
「・・・・・・」
これをどう解決するのが正解なのかは分からないが、今の彼は私が怒ることを望んでいる。
なら、今は。
今だけは。
その要望に応えるべき、か。
「・・・怒ってもいいの?」
「勿論だ」
その問答も少しおかしな気もするが。
彼の許可もあるのなら、遠慮はいらない。
「じゃあ・・・言わせてもらう」
怒る、というよりは・・・言っておきたいこと、だけど。
「体は大事にして・・・!」
顔をグッと近付け、精一杯の怒りを出した表情で彼を見つめて。
彼の両頬を摘んで引っ張っては、それなりに声を張り上げてそう言った。
「・・・・・・」
どういう感情かは分からないが、彼は暫くポカンと口を空けたまま、頬を引っ張られた間抜けな表情で私を見つめ返した。
それを私も表情を崩さないように見つめ返していたが、先に視線を外したのは彼のほうだった。
「はぁぁ・・・」
「!」
深く、長いため息。
額に手を当て、俯く彼から思わず手を引いた。
あからさまにも見えるそれに、動揺しない訳がなくて。
「な、なに・・・」
何か変なことを言っただろうか。
そこまで彼を落胆させてしまったのかと、おろおろしていると。
「・・・!」
徐ろに彼が私の手を取り、両手で包むように握りこんで。
「・・・怒る部分が違うだろ」
それを額に当て、聞こえるか否かの声量で呟くように彼はそう言った。