第111章 きっと
呼ばれた名前に、ドキッとしてしまったこれは。
・・・恐怖、ではない。
今度は純粋な気持ちだ。
久しぶりに、目の前で呼ばれたそれに、体も脳も反応してしまった。
「な、に・・・?」
会話ができる状態なのか確かめるように。
おずおずと聞き返すが、返事はなくて。
代わりに彼からは。
「ひなた・・・」
何度も、何度も。
名前だけを呼ばれた。
その日、何度彼に名前を呼ばれたのかは分からない。
けれど彼の力が次第に抜け、寝落ちるその瞬間まで。
私は1つ1つに返事をした。
気付けば外がぼんやりと明るくなっていて。
ようやく見えた彼の疲れきった顔を見て、心臓がギュッと締め付けられたような気になった。
酷い目の下の隈も気になるが。
少し、痩せたようにも思う。
傷がないのは幸いだが、こんな状態で帰ってくることに不安が募る。
・・・いや、帰ってくるだけでありがたいことだ。
彼の仕事柄、出かけたまま一生帰ってこないことだってあるだろう。
そんな不安、感じたって仕方がないのだけど。
だから志保さんに、あんな相談をしてしまったのだろうか。
結婚したからといって、何も変わりはしないのに。
ーーー
「・・・っ」
どうやら、零を見つめている間に再び眠ってしまっていたようで。
結局、お風呂もご飯も片付けも。
何も済ますことができないまま、朝を迎えてしまった。
「・・・起きたか?」
「零・・・!」
ゆっくり体を起こしながら机に目を向けようとした時、キッチン側から顔を覗かせた彼が、声をかけてきてくれて。
その様子は帰ってきた時とは違い、いつもと変わりないように見える、が。
「まだ寝てなきゃダメだよ・・・っ」
睡眠が足りていないのは確実だ。
私の方が寝入ってどうする、と自分を責めながら彼の腕を引くと、ベッドに座らせた。
僅かな恐怖のデジャブがあるが、今そんな事は言っていられない。