第109章 一から
「僕がいない所で飲むのは禁止だ」
「・・・やだ」
頭がボーッとする。
酔ってないはず、だけど。
何か極端に拒否したくなるようなことを言われた気がして、思わず口を尖らせながらムスッと返事をした。
「零がいなくても、飲める・・・」
「そういう意味じゃない」
じゃあ、何が言いたいのか。
そう尋ねるように彼を見た、はずだったけど。
焦点が定まらず、彼がぼんやりとしか見えなくて。
「・・・れい?」
声がするから居るのは分かるのに、姿が捉えられないせいか、何故か不安になった。
その不安から、ぼんやりと見える彼に手を伸ばして。
「ここに居る」
伸ばした手を取られると、その冷たさで途端に安心感に変わった。
同時に、再び襲ってくる睡魔に勝てず、軽く意識を手放しかけて。
「・・・以前、アイツの元にひなたを迎えに行った時も酔っていたな」
「・・・・・・」
アイツ・・・。
迎えに、行った。
「分かんない・・・」
分かりそうで、分からない。
けど、それはあまり良い記憶ではなかった気もするから。
分かりたくない、気もして。
「だろうな」
ため息を吐くように笑いも吐くと、彼は何故か徐ろに私を抱き抱えた。
「どこ・・・連れてくの・・・」
ふわりと浮いた体は、まるで自分のものではないようで。
途端に戻ってきた不安から彼の服を掴んで尋ねると、その不安を拭い取るように、彼は私の額に軽いキスを落とした。
「ベッドだ」
短くそう答える頃には、もう既に目的地のベッドで。
ゆっくりとそこに下ろされると、体は静かに沈んだ。
「水は飲めそうか?」
「・・・いらない」
別に何かを飲みたいと思わない。
きっと彼は、そういう意味で聞いた訳では無いのだろうけど。
「本当にあの時と同じようだな」
・・・その、あの時が思い出せない。
でもそれが彼にとっても私にとっても、あまり良いものではないのは、何となく察した。