第109章 一から
以前2人でバーボンを飲んだことはあるけれど。
恐らく、お酒はそれっきりで。
アメリカに行く前までの彼は普段、私の前では事情をがない限り、飲まないことに気がついてはいた。
あの頃は状況が状況だったからだろうけど。
・・・だから、今すぐなのだろうか。
あの時は、できなかったから。
「何、飲むの?」
キッチンへと向かった彼を追いかけるように、出入口から顔を覗かせながら問いかけて。
そもそも、彼がお酒に強いかどうかも知らない。
やはり私が知っている彼の面はほんの少ししか無くて。
「僕が作ろう」
「つ、作る?」
お酒を作るとは、と疑問符を浮かべていると、彼は戸棚から1つの瓶を取り出し、テーブルへと置いて。
それの隣へと並べられたジュースやシェイカーを見れば、彼の言った作るという意味を理解した。
「何作るの?」
この物の少ない彼の部屋に、こんな物があるなんて思いもしなかった、と考えながら小首を傾げると、彼は不敵な笑みを浮かべて。
「できてからの、お楽しみだ」
そう、言って準備を始めた。
「・・・・・・」
何だろう。
どこか、何となくだけど。
楽しそうにしているように、見える。
そういう姿は少し珍しくて。
思わず見入ってしまった。
「・・・!」
シェイカーに注がれる液体を見つめていると、彼は手の平を上にしながら、椅子へ座るように私を促した。
それに気付くと、小っ恥ずかしさを感じながらも大人しく従って。
シェイカーを振る姿は、やはり様になっている。
何でも器用にこなす彼らしい手つきで。
どこからともなく用意されたカクテルグラスに、シェイカーの中身が注がれて。
白っぽい色がグラスから透けて見えたそれに、目を奪われた。
「どうぞ」
差し出されたそれにすぐ口を付けるのは少し惜しく感じて。
グラスを持ったまま、つい暫く眺めてしまった。