第109章 一から
「!」
何も言えなくなっている私の頭をくしゃくしゃと無造作に撫でると、彼は穏やか過ぎる笑みを浮かべ。
「ひなたが自分から話してくれて、嬉しかった」
独り言のように。
呟くように。
そう、言って。
「もっとひなたのやりたいこと、聞かせてほしい」
ハロくんをそうするように、私の頬を親指で優しく撫でた。
彼のその行動は、私がそこにいることを改めて確認しているようにも感じて。
「未来の話を、聞かせてくれないか」
そして、その言葉に少しだけドキッとさせられた。
彼が見たかった、聞きたかった、過ごしたかった未来は、いくつも失われていて。
「・・・・・・」
私も、その中の1つにさせてしまっていて。
「零と、やりたいことは沢山あるよ」
だから安心させたい、という訳ではないけど。
塞き止めていた何かが取れたように、言葉が零れた。
「例えば?」
その言葉を更に引き出すように聞かれると、沢山ある中でどれを選ぼうかと少し悩んで。
いち早く実行できるもの、という所で考えた結果、1つの答えが頭に浮かんだ。
「・・・零と、お酒を飲む・・・とか?」
そんな事、といえば、そんな事。
でも私にとっては、そんな小さなことを積み重ねたい。
他愛も無い、ただ普通の日常が、私にとってはとても大事な時間だから。
こんな事もその内、やってみたいというつもりで言ってみたのだけど。
「じゃあ、準備をしよう」
その時間は突然訪れてきて。
「い、今・・・?」
「ダメか?」
ダメではない、けど・・・とまたしても口篭れば、彼はニコッと笑って立ち上がって。
そのままキッチンへと向かう背中を見つめては、小さな戸惑いを残した。