第109章 一から
「零、ちょっと話があるの」
「・・・・・・」
夕飯を済ませ、2人で穏やかな時間を過ごす中。
温かいお茶を入れて奥の部屋へと戻ってきた彼に、そう切り出した。
「良い話か?」
「・・・どうかな」
一瞬、僅かに目を見開いた彼だったが、私の前にお茶の入ったカップを置きながら、いつもの様子のまま、そう尋ねた。
それに対し、何度言えないと返事をすると、彼は徐ろに私の隣へと腰掛けて。
「・・・聞かせてくれないか」
私にとっては、悪い話ではないと思うけど。
「あのね」
彼にとっては。
「ポアロのことなんだけど」
違うかも、しれないから。
「・・・・・・」
そこまで話して、少し言葉に迷った。
止まってしまった私を、彼は何も言わず静かに待ってくれて。
それを真横で感じながら、再び意を決して口を開いた。
「戻らないで、おこうかな・・・って」
そして、ずっと迷い続けていたことをようやく口にした。
・・・本当は。
本当は、ポアロに戻って働きたいと思っている。
「零が今もポアロで待っててくれたのは嬉しいし、ありがたいけど・・・」
・・・でも。
「甘えてばかりじゃ、ダメかなって」
私には、帰る事のできる場所を残してもらえただけで十分だ。
これ以上は、流石に貰い過ぎだ。
「だから・・・」
もう一度、一から。
頑張りたいと思った。
「だから・・・っ」
「ひなた」
それ以上は言わなくて良い、と。
遮られるように名前を呼ばれると、彼の手が私の頭の上へと乗せられて。
ポンポン、と数回軽く触れた。
「僕はひなたがしたいように、してほしい」
そう、話す彼だけど。
私が戻るかもしれないと守ってくれていた時間を、踏み滲んでいるようで・・・それだけが、引っ掛かっていて。
でも零は。
「良い話で安心した」
そう言って、私に優しく笑いかけた。