第109章 一から
その後、彼は何故か私の隣に腰掛けると、首元のボタンを緩めた。
そこから覗いた変声機に、やはり彼が沖矢昴で赤井秀一だったのか、と改めて思うと同時に、やはり疑問が湧き出てきて。
「あの・・・仮に、ですけど」
彼が赤井秀一だと確信を持った時。
・・・いや、その時よりもずっと前。
彼がそうではないかと疑っていた時から引っ掛かっていた事がある。
「もし、私が沖矢昴を好きになっていたら・・・どうするつもりだったんですか」
その事もあり、確信を持つことから遠ざかった時もあった。
沖矢昴でも、赤井秀一でも。
彼が私に近付くだろうか、と。
でも実際、そうしていた。
「好きになったのか?」
「仮に、と言いました」
本当に、あくまでも、もしもの話だ。
そうしてしまえれば、と思ってしまった事はあるが、やはり零を忘れることはできなかったから。
睨むように横目で視線を向ければ、彼は何故かクスッと笑いを漏らして。
「君が、沖矢昴は好きにならないと確信していた」
全て見透かしている、とでも言うような笑みで。
彼は私の隣で、そう言った。
「・・・分からないじゃ・・・ないですか」
「頑なに拒んだのは君なのに、よく言えたものだ」
それは・・・確かに。
今更そんな思わせぶりな言葉、失礼以外の何ものでもなかった。
「・・・すみません」
「謝るということは、可能性が出たということか?」
でもやはり、その可能性は微塵も無いと視線で返せば、彼は珍しく含んだような笑みでは無く、少し声を出して笑った。
「・・・・・・」
彼でもこんな風に笑うんだ。
そう呆気に取られていると、彼は私の視線に気が付いて何故か顔を近付けた。
「君が安室くんの話をする表情と、沖矢昴に向ける表情は、まるで違う。勿論、俺に向ける表情は沖矢昴と似た表情だ」
顔に出やすい自覚はあるが・・・そこまでだろうか。
いざそれを突きつけるように指摘されれば、それこそ感情が顔に出てしまうようだった。