第109章 一から
「・・・聞かないんですか?」
「何を?」
乱された空気を一度整えるように、彼は小さく咳払いをすると、突然そんな事を尋ねてきて。
それに対して惚けた訳では無く、単純に検討がつかなくて首を傾げた。
「あの人についてですよ」
あの人、とはつまり。
ここで暫く生活していたあの人の事だろうけど。
「・・・聞いてほしいの?」
「いや、そういう訳じゃないですけど・・・」
・・・何の口篭りだろう。
言葉では否定していても、様子では肯定している。
だからといって、聞こうとは思わないけど。
「あの人、ずっと様子がおかしかったんで」
「・・・・・・」
ずっと、ということはあれからも会っていたんだ。
どの姿で?という詮索も、もうしないけれど。
「そういえば・・・安室さん、元気ですか?」
「・・・会ってないの?」
彼もまた、私があの人のことを聞きたくない、聞かないようにしている、ということを察したのか、徐ろに話題を変えた。
零の事なら、話すと思ったのだろうか。
「この姿になってから、直接は」
「どうして?」
零の様子からして、工藤新一がコナンくんだとは察しているが確信できていない様だった。
それに、もうその事はバレても大丈夫だと私は思うが。
「・・・別に、理由は無いんですけど」
それは彼も思っているようだが。
条件反射、というやつだろうか。
ずっと、バレてはいけない生活をしていたから。
「そもそも、私が透さんに会ってるとも限らないのに」
「それは無いですよ」
再び紅茶に口をつけながらそう話すと、彼は何故か自信満々な様子で言い切った。
「ここに帰ってきてるのに、安室さんと会ってないなんて絶対有り得ません」
探偵らしい顔つきで話す彼を見て、敵わないな、と思うと同時に。
「・・・恥ずかしいなぁ」
「お互い様ですよ」
心の声が、ポツリと漏れて。
それについて工藤くんも零すように、そう言うから。
2人で小さく笑いあった。