第109章 一から
「工藤、くん・・・?」
面影は、あるけど。
それでも恐る恐る確かめるように、今の彼の名前を呼んでみると、あの時と変わらない笑顔を返された。
「・・・お久しぶりです」
不思議な・・・感覚だ。
彼のその一言を聞いて、ようやくザワザワしていた妙な気持ちが、落ち着いたような気がした。
「久しぶり」
私がその言葉を使うのは合っているのか、よく分からないけど。
懐かしい気持ちに嘘はないから。
返事には、その言葉を使った。
「いつこちらに?」
「1週間くらい前だよ」
何度も話したことがあるはずなのに。
敬語な上、声変わりのした声と大人びた雰囲気に、まるで初対面の人と話しているような気もした。
でも間違いなく彼は・・・。
「立ち話もなんですから、上がっていきます?」
「・・・じゃあ、少しだけ」
1年前まで見下ろしていた彼が、今では同じくらい・・・どころか、少し見上げるくらいになっていて。
なんだか、浦島太郎にでもなった気分だ。
「・・・・・・」
玄関の鍵を開けてもらい、中へと案内されて。
やはりここも1年前から殆ど変わっていない。
あの時、私の中で時間が止まったままの形だ。
「工藤くん、1人・・・?」
「・・・誰か、居てほしかったですか?」
一度キッチンへと消え、紅茶セットを手に戻ってきた彼へと尋ねれば、どこかニヤついたような表情でこちらを見てきて。
「そうだね、会いたかった」
だから私も、誰かさんのような意地悪な笑みで、そう返してみせた。
その返事に工藤くんは、意外だ、とでも言いたげに目を見開くから。
今度は思わず漏れた笑みを、小さく零した。
「有希子さんと、優作さんにも」
嘘ではない。
本当は2人にも会いたかった。
あの時・・・まだ零が公安の人間だと分からなかった頃、優作さんにもお世話になった。
ちゃんとした挨拶も殆どできないまま、ここに居座っていた事もある。
だからちゃんと、挨拶はしておきたかった。