第108章 零まで※
「・・・すまない」
少し苦しそうに、そう声を絞り出す彼に目を向けて。
それは一体何の謝罪なのかと心拍数を上げると、彼は目を伏せたまま僅かに顔を上げた。
「これ以上触れると、止まれそうにない・・・」
だから私も視界に入れないのだろうか。
でも、それは。
「・・・ダメなの?」
初めてな事ではない。
嫌だったということもない。
なのに彼が止まらなければならなかった理由が、分からなかったが。
「・・・ここでは良くないだろ」
そう理由を聞いた瞬間、思わず目を丸くしてしまった。
「零でもそういうの、気にするんだ」
「どういう意味だ」
彼は意外とこういう時、感情でも動くタイプだとも思っていたから。
冷静さを取り戻した事に、思わず笑みと共に本音が零れてしまった。
「じゃあ、日本に帰ってからだね」
正直に言えば、触れていてほしい。
でも確かに、ここではいけない気もする。
ここは如月ひなたとして暮らしていた場所ではないから。
「・・・言っている意味が分かっているのか」
「分かってるつもり」
情けない顔で笑って見せれば、彼の強ばっていた表情はどこか和らいだように見えた。
「・・・ひなた」
割れ物でも扱うかのような優しい手つきで、頬に触れて。
「口、開けて」
溶けてしまいそうな甘い声で、そう指示されて。
「ふ、ぅ・・・んんっ、ン・・・」
素直に従えば、深いキスをされた。
ー
「・・・そういえば」
「?」
次の日、日本に帰る準備を一通り終えた後、彼にふと話を切り出された。
「ここに置いて帰りたい話がある」
「何・・・?」
置いて帰りたい話、という聞きなれない言葉に首を傾げると、彼はベッドに腰掛けるように私を促して。
その通りにベッドへ腰掛けると、彼もその隣に腰を下ろした。
「・・・赤井に、プロポーズされたそうだな」
「!」
あまりにも単刀直入な上、素早く話を切り出されたから。
彼の顔を確認する間もなく、目を見開いて体が固まってしまった。