第108章 零まで※
電話を切ると、腕の力を無くしたようにダランと手を落として。
その反動で、握られていたスマホは砂に埋まるように落ちた。
「・・・・・・」
そのまま、フラフラと海に近付き波打ち際で立ち止まった。
足に触れては引いていく波を見つめていると、ここでの1日1日を流してくれているようにも感じて。
無かったことにはしないけれど。
何かで上書きできるように。
そう、願うように。
足を1歩、また1歩と踏み出して。
ゆっくりと。
膝の辺りまで、海の中へと進んでいった。
この冷たさが心地よい。
それを強く感じるように、目を閉じた。
「・・・!?」
その、瞬間だった。
何かが近付いてくる音と共に、勢いよく腕を引かれたのは。
波の音のせいで近付いてくる音に気づいたのは直前だった。
そのせいで、体は過剰にビクッと反応をしながら、腕を引かれた方へと勢いよく目を向けた。
「ひなた!!」
そこには、血相を変えて私の腕を掴む、零の姿があった。
「何をしようとしていた・・・ッ!」
「え・・・」
あまりに突然のことで頭が回らず、暫く呆然と彼の様子を見つめていたが。
彼の言葉と今の状況を考えれば、彼がどういう意味でああ言ったのか、ゆっくりだが理解ができた。
「・・・ごめん、違うよ。零が思ってるようなことは、しようとしてない」
きっと、私がこのまま海に沈もうとしていた、と思っていたのだろう。
傍から見ればそう見えても仕方がない。
「ただ、海に入りたかっただけ」
これはいけなかった。
人通りが無いとはいえ、確認しなかった私も悪い。
「本当か・・・っ」
「心配掛けてごめん。本当に違うから」
どうやら検討違いではなかったようで。
でも彼は私の言葉を信じ、焦りでいっぱいになっていた表情を、少しずつ緩めていった。
「・・・すまない」
「私こそ、黙って出てごめん」
掴まれていた腕は、今にも折られそうなくらいに力は強く。
それだけで彼の必死さが、文字通り痛い程伝わってきた。