第108章 零まで※
「ああ、言わせない」
でも、私の誤魔化しのような言葉に彼は、真剣な表情と少し強い口調でそう言って。
私の手を強く握ると、顔を近付けては私との距離を縮めた。
「戻ってきてくれると言うまで、僕は何度でも挑戦する」
真っ直ぐ、私を見つめながら。
力強く、そう言って。
その目力の圧に押されるように身を僅かに引くと、彼が私の手を握る強さが制限できていない為に来る、痛みを感じた。
「・・・今度こそ、逃がしはしない」
その目は、1年前から何も変わらない。
曇りのない、綺麗な目。
一度捕えられると、離されない。
「ひなた」
彼は、もう一度私の名前を口にすると、ポケットから小さな箱を取り出して。
「・・・!」
・・・この箱を、私は知っている。
何ならその中身だって言い当てられる。
そう思いながら、箱をゆっくり開ける彼の手元に目を奪われた。
「ひなた無しで生きていくことは可能だ。でも、ひなたがいない人生を、生きていたくないんだ」
そこには私の予想通り、1年前に私が彼に返した指輪が収められていて。
「僕の傍で、笑っていてくれるだけで良い」
・・・奇しくも、赤井さんと似たようなことを言うのだなと思った。
「・・・・・・」
やはり2人は似ている。
けど、似た言葉でも聞こえてくる意味は、全く違う。
「ありがとう」
彼が差し出した箱へ徐ろに手を伸ばすと、それを彼の手から取って。
中で輝く指輪を見れば、彼が磨いていたのだとすぐに分かる。
彼がどんな気持ちでこれを持っていて、どんな気持ちで磨いて、どんな気持ちで今、差し出したのか。
それを考えると。
「・・・1日だけ、時間を貰ってもいい?」
やはりすぐには答えが出せなかった。
・・・いや、答えはもう出ていたけど。
口にできなかった。
「・・・分かった」
期待していた言葉ではなかったせいか、あまり納得した様子ではなかったけれど。
彼は私に1日だけ時間をくれた。