第108章 零まで※
「・・・やっと呼んだな?」
やっぱり、聞こえていたか。
か細いとはいえ、彼の耳の傍で言えばそれはそうか。
「うん」
事実確認に小さく頷いて認めると、何か重たかった気持ちがスッと溶けたような気がした。
「ゆっくり休めたか?」
頭に軽くぽんぽんと指先を弾ませながら、質問を続けて。
「うん」
それに再び、短く返事をして。
「夕飯を準備したんだ。良ければ食べてくれないか」
きっと、彼の質問は何でもよくて。
「・・・うん」
ただ彼は私の声が聞きたいだけなのだと察した時、溶けたはずの気持ちはどこか温かいものへと形を変え、私の中をいっぱいに満たした。
ー
着替えを済ませ隣の部屋へと向かうと、その匂いは更に強く感じて。
・・・懐かしい。
何の匂いなのか、不思議と見なくても分かった。
「こんなに食べられないよ」
テーブルの上で豪勢な料理がズラリと並んでいる様子を見つめながら、メインであろうそれに目をやった。
「すまない、つい作り過ぎた」
周りに沢山の料理があるけれど、席の目の前に置かれていたのは、2人には思い入れの強いナポリタンだった。
彼にしてはお皿が適当な所を見ると、本当に『つい』なのだろうなと僅かに口角が上がった。
「ひなたに食べてほしいものばかりで、選べなかったんだ」
促されるように席へと座ると、不思議な気持ちになった。
ここはアメリカで、彼は初めて来たはずなのに。
ずっと前から、2人で暮らしているような。
そんな気持ちに。
ー
食事を終えると、彼から少し話さないかと切り出されて。
ソファーも無いこの部屋では、ベッドがそれ代わりに使われた。
「赤井さんからは、どこまで聞いてるの?」
2人で腰掛ければ、それなりにそこへ体は沈みこんで。
彼から話をしないかと言われたが、その話を聞くのが少し怖かったから。
こちらの方から先に彼へ問い掛けた。
「ひなたがここに来るまでのことは、大体聞いている」
そうだろうな。
でもここに来るまでの、ということは来てからのことは聞かされていないのか。
「あとは・・・」
「?」
他に何かあるのかと僅かに目を見開き彼を見れば、何故か口ごもった様子を見せ、自身の手で口元に蓋をして。
「・・・いや、この話は後にしよう」
そう、打ち切ってしまった。