第108章 零まで※
でもその夢のおかげか、久しぶりにゆっくりと眠れた気がする。
眠る前よりも随分と軽くなった体を起こしては、まだ妙に感覚の残る唇へと、指を伸ばして。
寧ろ夢で良かった。
そう言い聞かせるように、気持ちとは裏腹な表情で目を伏せて。
そういえばシャワーもまだだった、とベッドから足を下ろしかけた時。
「・・・!」
この部屋唯一の扉が、突然カチャリと音を立て、ゆっくりと開いていった。
「・・・ひなた?」
その隙間から顔を覗かせたのは、夢だと言い聞かせたはずの彼で。
零は私の姿を見ると、少し驚いたように目を丸くしては、僅かだった扉を開いてこちらに駆け寄った。
「もう目が覚めたのか」
驚きたいのはこちらの方だけど。
でもそれは夢ではなかっただけの事だと、案外早く自己解決できた。
「すまない、目が覚めるまでにはできる予定だったんだが」
そう話す彼の体には、エプロンが身に付けられていて。
開けた扉からは、懐かしい美味しそうな匂いが漂ってきていた。
「食べられそうか?」
私の前に、視線を合わせるように膝をついて屈むと、彼は少し首を傾げながら私に尋ねて。
こういう優しさは変わらない。
・・・いや。
彼は何も変わってはいない。
一年前のあの日から、ずっと。
「・・・おっ、と・・・」
でも、私は少し変わってしまった気がする。
その変わった私を見られたくなくて。
咄嗟に彼に抱きついた。
「ひなた?」
軽い反動に耐えながら私を受け止めると、彼の手は自然と私の背中に添えられて。
ああ、困らせてしまっている。
分かっているのに、こういう態度しか取れなくて。
「・・・零」
小さく、か細い声で。
名前を呼んでは、ごめんね、と付け足した。
「・・・・・・」
彼にそれが聞こえたかは分からないが、抱き締めている腕の力をキュッと強めると、彼からフッと笑いが漏れるのを感じた。