第107章 零から
「・・・っ」
くすぐったさも残る首筋に、ピクッと体を震わせた。
彼の冷たい手が触れるだけで・・・こんなにも安心するとは思わなかった。
・・・でも。
触れるだけのキス。
それが物足りないとは口が裂けても言えない。
今の私達の関係は、酷く曖昧なままだから。
「・・・ひなた」
唇がまだ触れそうな距離で、彼は私の名前を静かに呼んで。
視線で返事をすれば、彼の手が何故か今度は私の瞼の上へと覆い被さった。
「え・・・」
これはどういう意味なのかと戸惑いを見せる中、今度は軽く彼の体がのしかかる感覚を覚えた時。
「一度眠った方が良い」
「!」
耳元で、囁くようにそう言われてしまった。
なるべくメイクで隠していたつもりだけど。
寝不足が分かるほど、顔に出てしまっていただろうか。
「眠るまで、僕が傍に居る」
この一年、まともに寝られる日なんて一日も無かった。
そのせいで目の下のクマは、赤井さんに負けない程酷いものになっていて。
どうやら彼の前では、メイク程度では隠しきれないようだ。
「傍に、いる」
もう一度、彼はそう言って私の傍に転がり、優しく抱き締めた。
彼の腕の中で大きく息を吸うと、懐かしい感覚と匂いに包まれて。
久しぶりに、自然と瞼が重く感じた。
「おやすみ」
何かの催眠術のようだ。
彼の声も、匂いも、体温も。
全てが私を安心させる。
さっきまで眠たさなんて微塵も無かったのに。
いとも簡単に、私の意識は遠のいていった。
ーーー
「・・・・・・」
次に瞼が持ち上がった時、部屋に明かりは無くて。
何か幸せな夢でも見ていたような感覚しか残っていなかった。
「・・・零?」
思わず呼んだ、彼の名前。
あんなに呼ぶのを躊躇っていたのに。
不安からか、つい口にしてしまった。
「・・・・・・」
しかし、返事も姿も無い。
2人で転んだはずのベッドには、私しか居なくて。
・・・そういえば、眠る直前に。
彼は、眠るまで傍に居ると言っていた。
本当にそういう意味だったのか、と短く息を吐けば、それも含め実は全て夢だったのではないかと疑った。