第107章 零から
目を合わせるのもおこがましく感じてしまい、視線を落としては軽く下唇を噛むと、頬にヒヤリと懐かしい冷たさを感じた。
「ひなたの話を、聞かせてくれないか」
顔を包むように。
彼の両手が、添えられている。
冷たくて、気持ちが良い。
懐かしい、大好きな彼の手。
その手へ重ねるように私の手を添わせると、ゆっくり瞼を下ろして。
「・・・うん」
一言、そう返事をした。
それ以上はこの頬を伝う涙のせいで。
声が震えてしまいそうだったから。
「僕の知らない、ひなたの時間を教えてくれ」
彼の額が、私の額に付けられた瞬間。
涙はポロポロと零れ落ちていった。
ーーー
「ここだよ」
あれから彼は、私が落ち着くまで黙って待っていてくれて。
日が沈み、辺りが暗くなり始めてしまった頃、ようやく彼をここへ連れて来ることができた。
私がアメリカに来て過ごし始めた、この部屋に。
「・・・・・・」
必要最低限の物しかない部屋を、零は静かに見渡して。
何だか捜査をされているような気分だと思いながらも、これもどこか懐かしく感じることに胸が温かくなった。
「僕が言えたことではないが、物が少な過ぎないか」
「・・・寝るだけだから」
そう、本当に寝るだけ。
何があるか分からないからと、口に入るものはFBIの人達が持ってきてくれていた。
だから料理をする必要もない。
それに、何かをする度・・・零を思い出してしまうから。
「痩せただろ。ちゃんと食べていたのか?」
「大丈夫、食べてたよ」
私の肩を掴みながら、彼は問いただすように顔を近づけて。
まるで母親のようだと軽く笑みを漏らせば、彼は何故か眉間に皺を寄せ、険しい表情で私を見つめた。
「・・・ッ」
なぜ、そんな顔をするのかと問うように首を傾げれば、彼はその顔を私の肩へと押し当ててしまって。
その表情を確認する事はできなくなってしまったが、私の肩を掴む彼の手が震えている事に気がつくと、それが見られたくないものであることくらいは察した。