第107章 零から

「･･･すまない」

どうして謝るのだろう。
彼は何もしていないのに。

言葉にはしないけど。
そう伝えるように彼の体へ、そっと腕を回しかけた時だった。

「ひなたの最後の表情を･･･思い出したんだ」

そう、ポツリと呟くように。
でもどこか苦しそうな声で。

理由を教えてくれた。

だから、彼を抱きしめようとした手は、直前で止まってしまって。

「･･････」

･･･そうか。
私、最後は。

笑っていたんだ。

私にとってはもう、薄れていた記憶。
療養に時間もかかってしまっていたせいで、その辺りの記憶は曖昧な部分も多くある。

でも彼は･･･。

「･･･ごめんなさい」

焼き付けられた記憶で。

謝らなければいけないのは、私の方だ。
彼には良いものを残さず、嫌なものばかりを残した。

･･･あの、データを含めて。

「･･････」

それから数分、彼は私の肩に顔を埋めたまま、キツく抱き締めた。

抱き締め返すことも、どこか気が引けて。
ただただ静かに、彼が何かを言うのを待った。

「･･･ひなた」

これじゃまるで人形だ。
そんな事を思いながら目を伏せていると、突然彼から名前を呼ばれた。

その名前は一年以上前に捨てたはずだったのに。

今でも反応してしまうのは、彼だから･･･なのか。

「･･･？」

声無く、小さく首を動かし返事をすると、彼は更に抱きしめる力を強めて。

「名前を･･･呼んでくれないか」

･･･思わず、目を見開いた。
それは戸惑いのせいか、動揺のせいか。

突然姿を現した時には、思わず口にしてしまったけれど。

意識的に、彼の名前を呼んではいなかった。

それを彼に言わせてしまった動揺と、口にしても良いのかという戸惑い。

呼ぶのは簡単だけど。
私にとってそれは、罪悪感の塊で。

･･･自業自得なのだけど。

「･･･ひなた」

鼓動が早くなっていく中、彼は促すように再び私の名前を呼んだ。