第107章 零から
「れ・・・」
軽いパニックで思考回路は停止し、思わず雰囲気に飲み込まれそうになったけれど。
徐々に冷静さを取り戻していく中で、これはマズイのではないかと我に返った。
「・・・ま、待って・・・!」
さっきは彼の名前をつい呼んでしまったと焦りながら、彼の体を離すべく軽く押した、が。
力が強過ぎて、剥がすことができない。
もし、彼が私を探し当てたのなら・・・話が違う。
赤井さんは大丈夫だと言ったのに。
そう彼に脳裏で怒りをぶつけていると、私を抱きしめる零から少し離れた向こう側に、まさに怒りをぶつけていた人物の姿が目に入った。
「っ・・・」
・・・どういう、ことなのだろう。
ますます混乱していく中、いつものように煙草をくわえる赤井さんを、戸惑いの目で見つめるしかできなくて。
「ひなた・・・」
抱きしめられていた腕の力が弱まり、零と視線が交わった時。
何とも言えない気持ちが底の方から湧き上がってきた。
「ど、どういうこと・・・?」
今はとにかく説明がほしい。
そう零にも目で訴えると、彼は背後にいた赤井さんへと顔を向けた。
「・・・?」
その視線を受けた赤井さんは、暫く目で零と会話をしているように見えた。
まるで説明をどちらがするのか揉めているようで。
「・・・ひなた」
どうやらそれに折れたのは零らしい。
彼は視線をこちらに戻すと、私の肩をグッと掴んで顔を近づけた。
「ひなたは・・・ずっとひなただったんだ」
真剣な表情でそう言われたけど。
・・・意味が、分からない。
「待っ・・・」
待って、というその言葉すら待たず。
「ひなたは、証人保護プログラムを受けていない・・・っ」
零は肩を掴む力を強めると、単刀直入に説明した。
「・・・・・・」
でも尚更、その説明は分からなくさせて。
考えたいのに考えられない。
目を泳がせながら何も言葉の出てこない唇を、小刻みに震わせた。