第107章 零から
こんな気持ち、口に出す訳にはいかない。
だって。
・・・だって。
「・・・ちがう」
赤井さんから話を聞いて、私は。
「違う・・・っ」
僅かでも・・・嬉しい、なんて思ってしまったのだから。
零とはもう会えないと分かっているのに。
会うことは許されないのに。
彼が私を探してくれていることが、嬉しいと思ってしまった。
そんな気持ち、持ってはいけないのに。
「ッ・・・」
上がった息は走る気力を削って。
途端に足の力を奪ってしまった。
家まであと少しなのに。
すっかり体力は落ちてしまったようだ。
「・・・・・・」
忘れろ。
忘れるしか、ないのだから。
そう言い聞かせるように、何度も脳内でぐるぐると回してみせるけれど。
できないことが、分かりきっているから。
忘れることを・・・やめるしかない。
そう、諦めるしかなかった。
ーーー
それから1ヶ月程が経った。
赤井さんはあれ以来、姿を見せなくて。
姿を見せないのは珍しいことではなかったけれど。
連絡も無いのは少し珍しいことだった。
まあ、彼も私ばかりには構っていられないのが当たり前だろう。
数ヶ月前から始めた、近くの日本人向けのレストランでの仕事を終え、1人帰路に着きながらそんなことを考えて。
「・・・・・・」
あれ以来、ビーチにも行っていない。
何となく・・・行くのが怖くなってしまったから。
でも部屋からは見えるそれを、時々カーテンの隙間から覗いていた。
同じ表情を見せない、それを。
「!」
もう少しで家に着く頃。
一通のメールがスマホに届いた。
送ってくる相手は赤井さんしかいない為、確認は後でも構わないか、とも思ったが。
期間が空いていたせいもあるが、妙に気になり、届いたそれをその場で確認して。
ただ、そこにはいつものような文面のメールではなく。
『Wi tteuulpaeata h sa lc.』
以前彼と交わしていた、暗号文でのメールがあった。